Vol.2 手話ができる人を増やしたい。穐田 誠さん

社会福祉法人福岡県聴覚障害者協会青年部の内野さん、平松君から、しつこく青年部の誘いを受けていたが、ずっと断っていた。スポーツが大好きな穐田さんが一変して青年部に入部し、今は広報担当として活動している。その理由は‥‥。

-青年部をやろうと思ったきっかけが「地震」。

 平成28年熊本地震が起きたとき、GWの連休9日で熊本にある実家が心配で、会社に年休4日を申請して、13日間被災地の支援にいきました。益城インターの近くのつぶれたさくらの森店の駐車場で一週間程、車に寝泊まりしたんです。
 主に、実家の片付けや熊本県身体障がい者福祉センターに避難してたろう者のおばあちゃんたちとの交流をしました。九州ルーテル学院大学のボランティアもいて、支援に関わっていく中で、手話通訳の必要性を少しずつ感じました。

 その翌年に、朝倉で平成29年7月九州北部豪雨が起きました。
 僕は熊本の被災状況を知っていたからこそ、Eさんの被災が放っておけなくて、手伝いに行きました。朝倉はきこえる人ばかりで、若いろう者による支援がないことに衝撃を受けて、困ったときに助け合うというような…意志が感じられなかったのです。
 それから、団体として活動しなければと、青年部に入部したんです。もちろん、ろう者のなかには手伝いにいきたい人はいるかもしれないけれど、ろう者の場合は補助的なものができないと手伝えないのかもしれない。だけど、現在(いま)のきこえる人は、きこえない人の心情は分からないと思うので、青年部を通して手話ができる人を増やしていきたいと思いました。青年部は「仲間」ですね。スポーツと違って、未来の聴覚障害をもつひとたちのために、できることはなにか模索してる集団は大切だと思います。 @makoto57gpr https://www.instagram.com/makoto57gpr/ 

-最近は写真展に力を入れています。
手話Tシャツを作りました。 きっかけは、アメリカのホームスティでの出来事。アメリカのろう者のお父さんと一緒に買い物に行くため、車で家を出ようとするとき、お父さんが車窓から玄関前にいるお母さんを見て「I LOVE YOU」の手話のして お母さんも「I LOVE YOU」の手話で返した。そんな姿がとても素敵でしたので 今でも印象残ってます。また、最近、黒人差別のニュースをよく目にすることが多くなったので、人種差別がなくなることを願って、手の色に黒を追加してみました。
Tシャツ購入サイト:https://makoto57ttt.base.ec/

 宗像手話の会で知り合った大学生が、ミラーレスのカメラで、カシャカシャ撮影していたんです。よく撮るよなぁと思って見せてもらったら、その写真からあたたかさを感じたました。
 熊本地震が起きたときも、ぺしゃんこになった家財の片づけをしてたら、写真が出てきたんです。周りが変わっても、写真はその時を記録する。
一瞬は永遠になるんだと思いました。それからカメラを持つようになり、その現在をカタチにしたいと、今いろんな方から撮り方を学ばせていただいています。いつか、sign labのように、九州の手話を発信していきたいですね。

-青年部活動を始めてから、親の背中を学ぶようになりました。

 改めて、父母を誇りに思います。僕はデフファミリーで、母は自分を犠牲にして、様々な活動に参加されていました。青年部活動を通して、全国にいる青年と出会い、父母が歩んできた道を少しずつですが、学んでいます。兄はどう思っているのかわかりませんが、僕は僕らしいやり方でろうあ運動ができたらいいなと思っています。

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